龍柱撤去


龍柱反対署名提出 2015年11月20日
総合計 29,045筆

翁長雄志沖縄県知事は、那覇市長時代に、中国皇帝のシンボル龍の柱建設事業を、海の玄関の那覇市若狭に、極秘に進めていた‎龍の柱にヒビが入っています!!
3mの高さの首里城の龍柱は1768年の大地震で倒壊
したほど不安定。縦ヒビは広がり長くなっている。
世界に重量450トン高さ15m、12の石の接着による龍の柱の例は無い!危険な建設事業。


那覇市民が
1年8カ月前に投票した那覇市議会議員40名中、死亡、辞任、党も会派が変わり、16名も!





有権者に何の説明も無しの真逆な議会で、多数決で強行採決されました!

城間市長が、臨時市議会を開催し
市長は初日のみ出席。市長欠席。
市民不在政治

2015年5/8に、龍柱補正予算 臨時那覇市議会で可決!
賛成24(新風会、ひやみかち那覇、共産党、社民党、民主党、社大党、無所属)
反対2(無所属の会)
退席11(自民、公明)
新たに追加予算1億円 那覇市民の負担!

那覇市の広報紙『なは市民の友』において約三年間一度も、龍柱が完成後の1月号においても『龍柱建設』について知らせをしていない。
市民告訴詳細HP『翁長市政を糺す』←クリック
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Posted by TI-DA at

2016年11月05日

#首里城祭 は完璧な文化侵略工作にあっています。キーワードは #三跪九叩頭の礼 13年前から突然に加わった冊封儀式



【動画】恥を知れ!冊封儀式三跪九叩頭6分

沖縄県民すら、こんな、コスプレ土下座ショー『三跪九叩頭の礼』が行われていることを知らない。

見下した命令「」(クゥイ
跪け!ひざまずけ!)と
琉球王様役が、奴隷や犯罪人のように扱われ
叩頭コウトウ頭を地面に叩きつけろと命令され
起上」(チィシャン

これを3回、合計で9回。

中華人民共和国の植民地にされている『新疆ウイグル自治区』のウィグル人、
中国語が分るトゥール博士が、この土下座ショーを目の当たりにしての発言、

「『クゥイ』王様が命令されている。
クゥイ』心に刺してしまう、これ以上の屈辱は無い
政治家までも、これを許したなんて国賊ですよ。」


そう、ウチナンチュウの誇りがどこにあるのだ!!!


「琉球王朝絵巻行列」「古式行列」のような由緒ありげなネーミングに隠して行われる
「首里城まつり」の核心になるイベント。

翁長雄志が、那覇市長初当選後の
翌年から始めて13回目。

翁長は、沖縄を侵略国に売るための文化侵略の工作員。


この首里城祭の今年のパンフレットです。
首里城祭表紙2016


このパンフレット中『冊封使行列・冊封儀式』の説明文には、
一切『三跪九叩頭の礼』という言葉が無いです!
文化侵略を気づかれないための姑息な工作が見て取れます。
冊封儀式パンフレットページ2016年


首里城祭冊封使行列・冊封儀式説明文中段


里城祭冊封使行列・冊封儀式説明文中段


首里城祭冊封使行列・冊封儀式説明文下段


首里城祭行列詳細図
首里城祭行列詳細図


首里城祭冊封行列詳細図


首里城祭パンフ裏表紙


首里城祭の主催共済団体
首里城祭の主催共済団体



冊封儀式の歴史再現において、明らかな誤りがあります。
明朝の衣装の王様と王妃。
明の皇帝




しかし、冊封使は清朝時代の衣装。
清の皇帝


三跪九叩頭の礼王様と冊封使




そもそもの首里のお祭りは素朴な地域のお祭りでした。
こんな政治利用され、地域の皆様は利用され騙されているように思います。

1960年 沖縄県の本土復帰前 :『首里教育まつり」』開催。
『琉球大学10周年』並びに『首里高校80周年記念行事』としての
その「教育まつり」に、1200ドルの予算がついたと、記録に見えます。
まつりの内容は以下の通りでした。
●旗行列 12月2日

●提灯行列 12月8日

●記念式典と余興 12月9日(金)

●花火大会龍潭池畔

●角力大会 12月10日 (土)
当時は、首里の各自治体がトラックの荷台を装飾してパレードを行い、
審査員が点数を付けて順位を競ったといいます。


1978年「首里教育まつり」から「首里文化祭」と名称も変わり発展継承された。
同時に、今日の祭りの呼び物の一つである、
在りし日の伝統行事「古式行列」も復活され、
毎年11月の文化の日を中心とする一連のお祭りが催されてきました。
1981年那覇市-福州市友好都市調印
1990年 8月23日〜26  第1回世界のウチナンチュ大会

1992年に正殿、北殿、南殿などの主要施設の復元完成
復元された首里城を管理する首里城公園管理事務所でも、
首里城祭りを毎年開催し、
沖縄を訪れる観光客の好評を得ていた。
1992年 「福州園」が開園
1995年 親泊康晴那覇市長が福州市から名誉市民の称号を受ける

1995年 11月16日〜19 第2回世界のウチナンチュ大会
 那覇市主催のイチャリバチョーデー交流パーティーに福州市代表団が出席

2000年12月~2014年10月翁長雄志那覇市長

2000年12月 首里城跡 園比屋武御嶽石門など世界遺産に登録
2000年7月の沖縄サミットでの「公式晩餐会」会場
中国皇帝の使者「冊封使 」をもてなした冊封七宴のひとつ 「中秋の宴」 を再現

2001年11月1日〜4 第3回世界のウチナンチュ大会
 大会参加のため福州市代表団7名来覇

2004年〜 冊封儀式・行列の開始(2016年は13回目)

2005年、那覇市の姉妹都市である中国福建省福州市から「名誉市民」の表彰を受け
2006年 10月12日〜15 第4回世界のウチナンチュ大会
2006年 翁長市長を団長に152名が福州市を訪問。

2007年4月 「首里文化祭実行委員会」から「首里振興会」発足
2010年9月7日 - 尖閣諸島中国漁船衝突事件が発生。

2011年10月13日〜16 第5回世界のウチナンチュ大会
2011年 11月4日~8日(4泊5日) 翁長市長を団長に福州市を親善訪問
                   
 30周年を記念し、福州市にて「物産と観光展」を開催。

2012年12月 那覇市議会で1億2400万円の龍柱予算案が可決、翌13年6月には追加の1億3000万円の予算案が可決された

2016年 6月8日 ロシア軍艦尖閣諸島接続区域に領海侵犯
2016年 6月9日 中国軍艦尖閣諸島接続区域に領海侵犯
 ロシア軍艦尖閣諸島接続区域に領海侵犯
中国軍艦尖閣諸島接続区域に領海侵犯
   ↑翁長知事だんまり↑

2016年10月27日〜30 第5回世界のウチナンチュ大会
 首里城正殿入場料¥820を¥300
福州園¥200を¥100 
 那覇市歴史博物館 無料 
 県立博物・美術館 無料
 那覇市立壺屋焼物博物館 無料

2016年10月29日~11月3日 首里城祭:10/29冊封行列・儀式 10/30琉球絵巻行列


RBCも『三跪九叩頭の礼』を隠蔽!!
琉球王役のメインは冊封儀式で三跪九叩頭をする事なのに、
小学校教師として、児童に歴史を興味を持たせたり、知らせたいというなら、
王様役はこの土下座の三跪九叩頭の礼をやる事なのだと見せるべきだし、
ニュースもこれを取材して画像にするべき。

動画<RBC THE NEWS「国王は“先生” 古式行列の舞台裏」2016/11/04 >


日中問題の評論家で、中国帰化人の
石平 太郎 氏※(1)は、沖縄タイムスの今年の首里城祭の王様王妃役の記事を見つけ、
下記のようなコメントをtwitterでツィートしている。
「この記事を読んで初めて、沖縄では毎年、昔の琉球王国が中国の皇帝によって冊封される儀式を再現する行事をやっていることを知った。
自分たちの国王は中国の皇帝の使者にひれ伏すこのような儀式と歴史に、今の沖縄の人々は誇りでも感じているのか。」

石平太郎twitter首里城祭に呆れる


夢がかなった琉球国王に35歳公務員沖縄タイムス記事



又、
人権意識の高い方ならどなたもご存知のラビア・カーデル総裁率いる『世界ウイグル会議』※(2)ですが、
日本・東アジア・東南アジア 全権代表のトゥール・ムハメト博士のFacebookの投稿でも
下記のような痛烈な批判がされています。
「沖縄で未だに存続しています”冊封儀式”を記念する”お祭り”。
数年来、この儀式の中止を求めて活動しています市民達がいます。
今回は、その市民たちを応援するために、沖縄に参ります。
いわゆる”冊封朝貢”は自己中の大中華世界秩序の幻想的歴史現象です
そのようなものを”記念”してお祭りまでやるその神経に、失笑せざるを得ない気持ちです。
沖縄の人たちは何かの”魔”に引っかかっていますね。」


トゥールムハメト博士のFB投稿

中国共産党の一党独裁国家による中華人民共和国から『自治区』という名の『植民地』となった『新疆ウイグル自治区』の方は、
文化侵略の手口から恐ろしい結果があった事を身を持って知っています。




※(1)石平 太郎 wikipediaより:
石平(せき・へい、シー・ピン[要出典]、1962年〈昭和37年〉1月30日[1] - )は、日本の評論家[1]。主に日中問題・中国問題を評論[2]。中華人民共和国四川省成都市出身[2]。2007年に日本国籍を取得[2][3]。2008年4月より拓殖大学客員教授[2]。

[略歴]
※以下、原則石と表記。
生い立ち〜日本との関わり[編集]
1962年、中華人民共和国・四川省成都市で生まれる。1966年、文化大革命の最中に教師であった両親が大学から追放されて農場へ「下放」されたため、四川省の農村部で漢方医である祖父によって扶養。漢方医を継がせるべく医者になるための教養として祖父から「論語」を密かに教えられていたが、石が11歳の時に肺がんで死去[4]。
中学校時代、ゴミ拾いの貧しいお婆さんが近所に住んでいて、いつも学校帰りの石少年ら子供たちは、そのお婆さんから笑顔で「勉強頑張ってね」と声をかけられていたが、ある日突然そのお婆さんが消え、「反革命分子」として政府に逮捕されたことを知る[5]。数日後、町中の市民に見せつけるためトラックに乗せられ一巡されたゴミ拾いのお婆さんが、処刑場に引きずり出されて銃殺された[5]。このお婆さんが「反毛主席」の大罪で処刑された理由は、ゴミ捨て場から拾った新聞紙(毛沢東の顔写真を印刷されていた)で大根を包んでいたからだった[5]。
1980年9月に北京大学哲学部に入学し、1984年7月に卒業。北京大学在学中の1982年頃より、毛沢東暴政の再来を防ぐ目的で中国民主化運動に情熱を傾け始める。1988年4月に日本に留学し、日本語学校入学。文化大革命および1989年に勃発した天安門事件における中国共産党の党利党略ぶりへの憤怒と絶望感から「この国にはもはや用がない、何の愛着も義理も無い」と祖国中華人民共和国との精神的決別に至り[5]、一方では留学先の日本の中に古き良き隋唐文化を守り発展させた日本文化の素晴らしさを次々と見出し、日本の精神に孔子や論語の思想が生き続けていたことに感激したことから、「愛日主義者」へと傾倒して行く[4][6]。1995年に神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了(学位は未取得)。民間研究機関に勤務。
2002年(平成14年)初頭に中華人民共和国国内に広がる反日感情をレポートした書物を出したことから在日中国人として論壇デビュー。以来、『正論』、『Voice』、『WiLL』などの保守論壇誌に論考を寄稿し、日中関係・中国問題などを論じている。また、フジテレビ・読売テレビ・テレビ朝日・TBSなどの中国関連ニュース番組・討論番組でコメンテーターを務めている。
日本へ帰化[編集]
2007年(平成19年)11月30日、日本に帰化[7]。2008年(平成20年)4月に拓殖大学客員教授に就任。夏には公式サイトを(#外部リンク)開設し、同時にまぐまぐの無料メールマガジンも発行開始した[8]。
2009年(平成21年)3月より産経新聞で隔週連載コラム「石平のChina Watch」の連載を開始[9]。2009年8月14日、『私は「毛主席の小戦士」だった』の改題改訂版である『私はなぜ「中国」を捨てたのか』を刊行し、2010年(平成22年)末には10万部を突破するベストセラーとなった[10]。
2011年(平成23年)3月5日、日本人女性と結婚。大阪住吉大社にて神前結婚式を挙げる[11]。東京で披露宴も開催された[12]。
2013年(平成25年)8月18日より、石平太郎名義でTwitterを開始し、2016年7月26日の時点で14万4500以上ののフォロワーを得る[13]。
2014年(平成26年)9月、著書『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞を受賞。
論調[編集]
中国問題に関する論評では、定番の政治問題・社会問題・外交戦略以外に、中国の経済問題も積極的に取り上げている。
歴史認識[編集]
日本の教育については、「子供達に一方的に、日本は侵略国家だったと教えるのは止めるべきである。……道徳心や愛国心を教えるのも当然だが、歴史教科書の記述は中立でなければならない」としている[14]。
『日本に来るまで南京大虐殺など一度も聞いたことがなかった。中国の小学校、中学校の教科書にも南京大虐殺なんて載ってませんでした。……蒋介石自身も抗議していない。日本留学から中国に帰ったとき、南京出身の大学のクラスメイトに、「親父さんかお祖父さんから、大虐殺の噂を聞いたことがあるか」と聞いたら、やはり「ない」と言っていました。中国では、歴史的な大虐殺が何度もありました。……そういう所を掘り返すと、たしかに人骨がいっぱい出てくるんです。面白いことに、二千年前の記述でも嘘じゃなくて、必ず出てくる。しかし、南京から何十万体の骨が出てきたなんて話、一つも聞いたことがない』と述べている[15]。
文明論[編集]
日本の外交問題や中国問題に関する評論活動の傍ら、自らの「文明論」も展開している。2007年(平成19年)に出版された自伝風の著書である『私は「毛主席の小戦士」だった』の後半部分では独自の日中文明比較論を行い、皇室と神道を「コア」とする日本の民族・文化などを賞賛し、自らは日本を愛する『愛日主義者』であると宣言する[16][6]。こうした石の日本観に対し、岡崎久彦が産経新聞の「正論欄」で『その日本理解の深さは明治以来の外国人哲学者の中でもトップクラス』だと絶賛[17]。入江隆則と伊原吉之助(帝塚山大学名誉教授)も同じ「産経新聞・正論欄」にて石の「日本文明論」を評価している[18]。2007年(平成19年)秋には、渡部昇一、岡崎久彦、葛西敬之、山谷えり子、北尾吉孝などとの対談集である『論語道場』を刊行して、「中国で生まれた孔子の論語の精神は、むしろ日本で一番よく理解されて生かされている」との見方を披露している[19]。
その他[編集]
2008年(平成20年)9月26日から10月2日までに台湾を訪問。台湾の民主主義を絶賛し、李登輝元総統にも会っている。李は石に対し、「あなたの本を読んで、感心していますよ」と言ったという[20]。
民主党政権が推進する日本における外国人参政権付与政策に反対している[21]、靖国神社肯定[22]。‬‬
韓国における反日感情を批判しており、石が家に帰ると、当初は韓国に興味の無かった妻からも、「平さん、何とかしてよ。本当に腹が立つよ」と毎日のように言われるという[23]。
過去の出演番組[編集]
テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」
テレビ朝日「サンデースクランブル」
テレビ朝日「ワイド!スクランブル」
BS朝日「いま世界は」
読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」
読売テレビ「ウェークアップ!ぷらす」
読売テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」
TBSテレビ「ひるおび」
フジテレビ「新報道2001」
フジテレビ「情報プレゼンター とくダネ!」
フジテレビ「スーパーニュース」
BSフジ「BSフジLIVE プライムニュース」
テレビ大阪「たかじんNOマネー」
関西テレビ「たかじん胸いっぱい」
ABC朝日放送「教えて!ニュースライブ 正義のミカタ」
著作[編集]
単著[編集]
『なぜ中国人は日本人を憎むのか』 PHP研究所、2002年1月16日。ISBN 4-569-62004-3。
『中国「愛国攘夷」の病理――吹き荒れる電脳ナショナリズム』 小学館〈小学館文庫〉、2002年6月。ISBN 4-09-402746-7。
『数字が証す中国の知られざる正体――「21世紀は中国の世紀」のウソを暴く』 日本文芸社、2002年9月。ISBN 4-537-25115-8。
『「日中友好」は日本を滅ぼす!――歴史が教える「脱・中国」の法則』 講談社〈講談社+α新書〉、2005年7月20日。ISBN 4-06-272327-1。
『中国人だから見える日中の宿命』 扶桑社、2006年5月。ISBN 4-594-05159-6。
『私は「毛主席の小戦士」だった――ある中国人哲学者の告白』 飛鳥新社、2006年10月19日。ISBN 4-87031-761-3。
『私はなぜ「中国」を捨てたのか』 ワック〈Wac bunko B-110〉、2009年8月14日、新版。ISBN 978-4-89831-610-8。 - 『私は「毛主席の小戦士」だった』の改題・改訂版。
『中国大虐殺史――なぜ中国人は人殺しが好きなのか』 ビジネス社、2007年11月。ISBN 978-4-8284-1401-0。
『なぜ中国人はこんなに残酷になれるのか 中国大虐殺史』 ビジネス社、2012年11月22日。ISBN 978-4-8284-1685-4。 - 『中国大虐殺史』の改題。
『論語道場 『論語』の教えが人生を教えてくれた』 致知出版社、2007年12月。ISBN 978-4-88474-797-8。
『これが本当の中国33のツボ――知っているようで知らない』 海竜社、2008年3月。ISBN 978-4-7593-1014-6。
石平 「中国史とは虐殺の歴史だ」『拉致と侵略の真実 教科書が教えない日本被害史 完全保存版』 西村幸祐 責任編集、オークラ出版〈OAK MOOK 199号 撃論ムック Vol.9〉、2008年3月。ISBN 978-4-7755-1143-5。
石平 「中国史とは虐殺の歴史だ」『日本被害史 世界でこんなに殺された日本人』 オークラ出版、2012年12月24日。ISBN 978-4-7755-1980-6。
『中国「悪魔の辞典」』 小学館〈Clickシリーズ〉、2008年7月30日。ISBN 978-4-09-387802-9。
『2010年 中国が牙をむく』 PHPパブリッシング、2008年11月。ISBN 978-4-569-70362-6。
『中国経済崩壊の現場――中国のメディアが語る』 海竜社、2009年1月。ISBN 978-4-7593-1051-1。
『中国大逆流――絶望の「天安門20年」と戦慄の未来像』 ベストセラーズ、2009年5月25日。ISBN 978-4-584-13162-6。
『なぜ、日本人は日本をおとしめ中国に媚びるのか』 ワック〈Wac bunko B-114〉、2009年11月24日。ISBN 978-4-89831-614-6。
『謀略家たちの中国――中国四千年の悲哀』 PHP研究所、2009年11月25日。ISBN 978-4-569-77523-4。
『中国の経済専門家たちが語る ほんとうに危ない!中国経済』 海竜社、2010年9月。ISBN 978-4-7593-1151-8。
『日中をダメにした9人の政治家』 ベストセラーズ、2011年3月25日。ISBN 978-4-584-13298-2。
『中国ネット革命』 海竜社、2011年5月。ISBN 978-4-7593-1183-9。
『中国人の正体』 宝島社、2011年6月17日。ISBN 978-4-7966-8174-2。
『中国人の正体』 宝島社〈宝島SUGOI文庫〉、2012年2月7日。ISBN 978-4-7966-8968-7。
『【中国版】サブプライム・ローンの恐怖』 幻冬舎〈幻冬舎新書 せー1ー1〉、2011年9月28日。ISBN 978-4-344-98234-5。
『わが子に教えたい日本の心 武士道精神の源流』 PHP研究所、2012年3月13日。ISBN 978-4-569-79518-8。
『中国――崩壊と暴走、3つのシナリオ』 幸福の科学出版、2012年5月30日。ISBN 978-4-86395-201-0。
『中国人に負けない7つの方法』 宝島社、2012年7月11日。ISBN 978-4-7966-9847-4。
『中国人の嘘にだまされない7つの方法』 宝島社〈宝島SUGOI文庫〉、2013年1月10日。ISBN 978-4-8002-0509-4。
石平 「寄稿 中国から見た日本の天皇の不思議、そこに流れる知恵」『まんがと図解でわかる 天皇のすべて 日本人なら知っておきたい天皇のお仕事と歴史が理解できる!』 所功 監修、宝島社〈別冊宝島1910〉、2012年10月12日。ISBN 978-4-8002-0163-8。
石平 「“すべてが中国である”という「中華思想」は、中国人以外誰も理解できない」『領土問題、私はこう考える! 孫崎享、山田吉彦、鈴木宗男ほか識者たちの提言』 畠山理仁 構成、集英社〈経営者の本棚〉、2012年11月26日。ISBN 978-4-08-781516-0。
『尖閣問題。真実のすべて』 海竜社、2012年12月。ISBN 978-4-7593-1284-3。 - 山田吉彦、岡崎久彦との対談を収録。
『日中新冷戦構造』 イースト・プレス〈イースト新書 003〉、2013年6月3日。ISBN 978-4-7816-5003-6。
『「歪んだ経済」で読み解く中国の謎 習近平と中国は何を狙っている?』 ワニ・プラス〈ワニブックス|PLUS|新書 097〉、2013年6月8日。ISBN 978-4-8470-6062-5。
『「全身病巣」国家・中国の死に方 蝕まれた虚像の大国が悲鳴を上げる』 宝島社、2013年10月21日。ISBN 978-4-8002-1681-6。
『「全身病巣」国家・中国の死に方 蝕まれた虚像の大国が悲鳴を上げる』 宝島社〈宝島SUGOI文庫 Dせ-2-3〉、2014年9月4日。ISBN 978-4-8002-2714-0。 - 石 (2013d)に加筆・修正を行い改定。
『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』 PHP研究所〈PHP新書〉、2013年11月16日。ISBN 978-4-569-81621-0。
『なぜ中国人にはもう1%も未来がないのか』 徳間書店、2014年5月23日。ISBN 978-4-19-863800-9。
『世界征服を夢見る嫌われ者国家中国の狂気 習近平体制崩壊前夜』 ビジネス社、2014年6月20日。ISBN 978-4-8284-1757-8。
『中国崩壊カウントダウン 中国は崩壊の歴史を必ず繰り返す!』 宝島社、2014年7月14日。ISBN 978-4-8002-2334-0。 - 文献あり。
『帰化人が見た靖国神社のすべて 日本人になった中国人 日本人は「靖国神社」にお参りしよう!』 海竜社、2014年8月。ISBN 978-4-7593-1383-3。 - 年表あり。
『なぜ中国は覇権の妄想をやめられないのか 中華秩序の本質を知れば「歴史の法則」がわかる』 PHP研究所〈PHP新書 979〉、2015年3月13日。ISBN 978-4-569-82485-7。
『「死に体」中国の宿命』 宝島社〈宝島SUGOI文庫〉、2015年8月6日。
『暴走を始めた中国2億6000万人の現代流民』 講談社、2015年10月1日。
『習近平にはなぜもう100%未来がないのか』 徳間書店、2015年11月28日。
『なぜ中国はいつまでも近代国家になれないのか』 PHP研究所、2015年12月16日。
『韓民族こそ歴史の加害者である』 飛鳥新社、2016年5月7日。
『偽装国家・中国の「歴史認識」』 宝島社〈宝島SUGOI文庫〉、2016年5月10日。
共著・編著・共編著[編集]
黄文雄、呉善花共著 『売国奴』 ビジネス社、2007年10月。ISBN 978-4-8284-1387-7。
呉善花、黄文雄 共著 『売国奴 なぜ中韓は反日を国是とするのか』 ビジネス社、2013年1月17日、新装版。ISBN 978-4-8284-1692-2。
日下公人 共著 『日本と中国は理解しあえない』 PHPパブリッシング(出版) PHP研究所(発売)、2008年4月1日。ISBN 978-4-569-69938-7。
日下公人 共著 『中国の崩壊が始まった!』 ワック〈Wac bunko〉、2008年6月28日。ISBN 978-4-89831-584-2。
ペマ・ギャルポ 共著 『ならずもの国家 中国の本性――蹂躙されたチベット』 ワック〈Wac bunko〉、2008年8月29日。ISBN 978-4-89831-588-0。
黄文雄、呉善花 共著 『帰化日本人――だから解る日本人の美点・弱点』 李白社、2008年11月。ISBN 978-4-89451-903-9。
三橋貴明 共著 『中国経済がダメになる理由――サブプライム後の日中関係を読む』 PHP研究所、2009年4月15日。ISBN 978-4-569-70758-7。
宮崎正弘 共著 『絶望の大国、中国の真実――日本人は、中国人のことを何も分かっていない!』 ワック〈Wac bunko B-102〉、2009年5月8日。ISBN 978-4-89831-602-3。
中嶋嶺雄 共著 『「日中対決」がなぜ必要か――中国・建国以来の真実と影』 PHPパブリッシング(出版) PHP研究所(発売)、2009年9月18日。ISBN 978-4-569-77336-0。
中嶋嶺雄 『中国とは何か 建国以来の真実と影』 石平 聞き手、PHPパブリッシング、2013年9月。ISBN 978-4-907440-01-5。
岡崎久彦、渡部昇一 共著 『日本の歴史を解く9つの鍵 古代~幕末編』 海竜社、2009年11月。ISBN 978-4-7593-1098-6。
宮崎正弘 共著 『増長し、無限に乱れる「欲望大国」中国のいま』 ワック〈Wac bunko B-115〉、2010年1月15日。ISBN 978-4-89831-615-3。
西村幸祐 共著 『日本よ!米中を捨てる覚悟はあるか』 徳間書店、2010年5月。ISBN 978-4-19-862962-5。
『中国を捨てよ』 イースト・プレス〈イースト新書 028〉、2014年4月。ISBN 978-4-7816-5028-9。 - 西村 & 石 (2010)の改題、改訂し、新規対談を加える。
加瀬英明 共著 『徹底解明!ここまで違う日本と中国――中華思想の誤解が日本を亡ぼす』 自由社、2010年7月10日。ISBN 978-4-915237-56-0。
有本香 共著 『バブル崩壊で死ぬか、インフレで死ぬか――不動産国家・中国の行方』 ワック〈Wac bunko B-134〉、2010年9月29日。ISBN 978-4-89831-634-4。
藤岡信勝、茂木弘道・加瀬英明・石平・田久保忠衛・平松茂雄・川村純彦・佐藤守・西尾幹二・高市早苗 『中国はなぜ尖閣を取りに来るのか』 藤岡信勝・加瀬英明 編、自由社、2010年12月。ISBN 978-4-915237-59-1。
西尾幹二、井尻千男・早瀬善彦・岩田温・平松茂雄・田中英道・南出喜久治・遠藤浩一・石平・稲田朋美・水島総・渡部昇一 共著 『中国が攻めてくる! 日本は憲法で滅ぶ』 総和社、2011年2月。ISBN 978-4-86286-048-4。
小林よしのり、石平・呉善花・鄭大均・ペマ・ギャルポ・ビル・トッテン・金美齢 『新日本人に訊け! 帰化 ゴーマニズム対論集』 飛鳥新社、2011年5月10日。ISBN 978-4-86410-084-7。
長谷川慶太郎 共著 『解放軍の原爆を日本に落とさせるな』 フォレスト出版、2011年7月。ISBN 978-4-89451-936-7。
高市早苗、遠藤浩一・富岡幸一郎・中村粲・斎藤吉久・ロマノ・ヴルピッタ・石平・山村明義・高森明勅 『日本人なら学んでおきたい靖國問題』 青林堂、2011年8月。ISBN 978-4-7926-0438-7。
福島香織 共著 『中国人がタブーにする中国経済の真実』 PHP研究所、2011年12月22日。ISBN 978-4-569-80213-8。
副島隆彦 共著 『中国 崩壊か 繁栄か!? 殴り合い激論』 李白社(出版) ビジネス社(発売)、2012年6月29日。ISBN 978-4-8284-1670-0。
宮崎正弘 共著 『中国社会の崩壊が始まった! 2013年の「中国」を予測する』 ワック、2012年9月21日。ISBN 978-4-89831-670-2。
黄文雄 共著 『「中国の終わり」のはじまり 習近平政権、経済崩壊、反日の行方』 徳間書店、2012年11月29日。ISBN 978-4-19-863521-3。
劉燕子 共著 『反旗 中国共産党と闘う志士たち』 育鵬社(発行) 扶桑社(発売)、2012年12月14日。ISBN 978-4-594-06747-2。
加瀬英明 共著 『相手が悪いと思う中国人 相手に悪いと思う日本人』 ワック〈WAC BUNKO〉、2012年12月20日。ISBN 978-4-89831-674-0。
潮匡人 ほか 「第6章 日本文明の7つの特質と、あるべき戦略」『日本の国益 野蛮・中国に勝つための10の論点』 幸福の科学出版、2012年12月27日。ISBN 978-4-86395-289-8。
宮崎正弘 共著 『2013年後期の「中国」を予測する 習近平(ラストエンペラー)の断末魔の叫びが聞こえる』 ワック〈WAC BUNKO Bー176〉、2013年4月19日。ISBN 978-4-89831-676-4。
黄文雄、呉善花 共著 『黄文雄(台湾)が呉善花(韓国)、石平(中国)に直撃 日本人は中国人・韓国人と根本的に違う』 李白社(出版) 徳間書店(販売)、2013年4月15日。ISBN 978-4-19-863602-9。
石平 インタビュー 「中国共産党【弾圧と侵略の92年史】」『マスコミが絶対教えてくれない 中国・韓国・北朝鮮』 晋遊舎〈晋遊舎歴史探訪シリーズ別冊〉、2013年6月21日。ISBN 978-4-86391-786-6。
副島隆彦 共著 『歴史・思想・宗教で読み解く中国人の本性(ホンセイ)』 李白社(出版) 徳間書店(販売)、2013年7月25日。ISBN 978-4-19-863636-4。
黄文雄 共著 『中国はもう終わっている』 徳間書店、2013年9月18日。ISBN 978-4-19-863667-8。
呉善花、黄文雄 共著 『日本人の恩を忘れた中国人・韓国人の「心の闇」 呉善花〈韓国〉が黄文雄〈台湾〉、石平〈中国〉に直撃』 李白社(出版) 徳間書店(販売)、2013年12月11日。ISBN 978-4-19-863724-8。
宮崎正弘 共著 『2014年の「中国」を予測する 中国大陸から次々と逃げ出すヒトとカネ』 ワック〈WAC BUNKO Bー189〉、2013年12月25日。ISBN 978-4-89831-689-4。
黄文雄、呉善花 共著 『日本人は中韓との「絶交の覚悟」を持ちなさい 石平〈中国〉が黄文雄〈台湾〉、呉善花〈韓国〉に直撃』 李白社(出版) 徳間書店(販売)、2014年1月27日。ISBN 978-4-19-863736-1。
呉善花 共著 『もう、この国は捨て置け! 韓国の狂気と異質さ』 ワック〈WAC BUNKO Bー193〉、2014年2月。ISBN 978-4-89831-693-1。
古森義久 共著 『自壊する中国反撃する日本 日米中激突時代始まる!』 ビジネス社、2014年8月1日。ISBN 978-4-8284-1763-9。
宮崎正弘 共著 『2015年中国の真実 中国は習近平に潰される?』 ワック〈WAC BUNKO B-204〉、2014年9月19日。ISBN 978-4-89831-704-4。
西村幸祐 共著 『「反日」の敗北』 イースト・プレス、2014年6月。ISBN 978-4-7816-1174-7。
黄文雄 共著 『日本に敗れ世界から排除される中国』 徳間書店、2014年12月20日。ISBN 978-4-19-863890-0。
翻訳[編集]
胡鞍鋼 『かくて中国はアメリカを追い抜く――胡錦濤-温家宝体制の戦略』 PHP研究所、2003年6月23日。ISBN 4-569-62865-6。



※(2)世界ウイグル会議
世界ウイグル会議(せかいウイグルかいぎ、ウイグル語:دۇنيا ئۇيغۇر قۇرۇلتىيى, Dunya Uyghur Qurultiyi、英語:World Uyghur Congress)は、世界各国のウイグル人組織を統括する上部機関。ドイツのミュンヘンに拠点を置く。
東トルキスタン及び海外のウイグル人の利害を代表する唯一の国際機関を標榜し、平和的および暴力的手段によるウイグル人の政治的地位確立を主張している[1]。一方、中国政府は「テロ組織と関わり、中国の分裂を狙っている」と批判している。加盟組織は20を超え、在外ウイグル人組織では最大の運動組織である。
世界ウイグル会議とは別個の亡命ウイグル人組織・東トルキスタン亡命政府が中国からの明確な独立を主張しているのに対し、世界ウイグル会議ではウイグル民族の民族自決権の確立(「独立した政治的前途の獲得」)を主張して、独立か高度な自治権獲得かについては含みを持たせている。ラビア・カーディル議長はダライ・ラマ14世と会談した際に暴力的手段に訴えず高度な自治権を獲得することで一致している[2]。

沿革[編集]
ラビア・カーディル議長(2011年11月30日)
ウイグル人の民族運動は、ダライ・ラマ14世に指導されたチベット亡命政府のケースと比較して、カリスマ性のある指導者や、組織間の統一した行動を欠くと指摘される場合が多い。こうした批判を受けて、1990年代には、各国でそれぞれ設立されていた運動組織を統合する機運が高まった。
1992年には、トルコの退役将校であるリザ・ベキンらを中心に、トルコのイスタンブールで「東トルキスタン民族会議(ウイグル語:Sherqiy Türkistan Milliy Qurultiyi、英語:East Turkestan National Congress)」が開催され、世界各国の民族運動組織や個人が集まった。1996年には、学生運動家のドルクン・エイサらを中心に、ドイツのミュンヘンに「世界ウイグル青年会議(ウイグル語:Dunya Uyghur Yashliri Qurultiyi、英語:World Uyghur Youth Congress)」が設立された[3]。
2004年4月16日には、「東トルキスタン民族会議」と「世界ウイグル青年会議」の両組織が合流し、世界ウイグル会議に再編された。初代議長には、ラジオ・フリー・ヨーロッパの元職員のエルキン・アルプテキン(元新疆省幹部のエイサ・ユスプ・アルプテキンの子)が選出された。2006年11月には、ノーベル平和賞候補にも選ばれたラビア・カーディルを第2代議長に選出している。
活動[編集]
世界ウイグル会議は、世界各国のウイグル人組織間の連携、交流の推進のほか、中国におけるウイグル人の人権状況について、国際社会に対する広報宣伝活動を活動の中心としている。また、このほか、在外ウイグル人共コミュニティにおける、ウイグル語、ウイグル文化教育や、中国からの亡命者への生活支援も活動に含まれる[4]。
世界ウイグル会議は、アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチ等の人権団体と連携して、中国の人権状況へのアピールを行っているほか、UNPO(代表なき国家民族機構)に東トルキスタンを代表する組織として参加している[5]。また、中国における民主化の促進、少数民族の権利擁護の観点から、漢人民主化運動活動家やチベット亡命政府との交流も行っている[6]。
このほか、米国政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)や、全米民主主義基金(NED)の支援を受けており、米国政府との結びつきも強い[7][8]。
こうした世界ウイグル会議の活動に対して、中国政府は警戒を強めており、2003年12月15日には、世界ウイグル会議の前身である世界ウイグル青年会議と、当時の代表ドルクン・エイサをテロリストとして認定する文書を公開し[9][10][11]、ラビア・カーディルがノーベル平和賞受賞候補となった際も、批判を行っている[12]。
日本との関係[編集]
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この項目はその主題が日本に置かれた記述になっており、世界的観点からの説明がされていない可能性があります。ノートでの議論と記事の発展への協力をお願いします。(2016年2月)
日本ウイグル協会[編集]
「日本ウイグル協会」を参照
日本では、2008年(平成20年)6月、在日ウイグル人と日本人支援者によって日本ウイグル協会が設立された。世界ウイグル会議の傘下団体として活動を行っていたが、世界ウイグル会議の決議により、2015年10月18日から同会議の参加資格を失った[13]。
日本ウイグル連盟[編集]
2015年10月18日、世界ウイグル会議の活動に参加している在日ウイグル人が東京都内に集まり、日本におけるウイグル運動について会議を行った。この会議において、日本ウイグル連盟の発足が決議された[14]。この会議には、訪日中の世界ウイグル会議総裁ラビヤ・カディール、同副総裁 セイット・トゥムチュルク、オマル・カナットが参加した。
世界ウイグル会議は、同日から、世界ウイグル会議において在日ウイグル人を代表する団体が日本ウイグル連盟であると決議した。
日本ウイグル国会議員連盟[編集]
2012年4月23日、日本ウイグル国会議員連盟が自民党本部で結成された[15][16]、日本の外務省、安倍晋三、黄文雄、三原じゅん子[17]、山谷えり子、古屋圭司、衛藤晟一、新藤義孝らが参加した[16]。顧問は安倍晋三、中曽根弘文、鴻池祥肇。同日、地方議会でも東京都庁で日本ウイグル地方議員連盟が発足した[16]。
東京での第4回代表大会開催[編集]
2012年5月14日、世界ウイグル会議の第4回代表大会を東京都の憲政記念館で開催した(アジアでは初めての開催)[18]。ラビア・カーディル議長は「中国の流血政策は激しさを増している。自治権を与えず、ウイグル人を絶滅に追い込んでいる」「日本は強い民主主義国家であり、自由と民主主義を求める私たちを支援してくれると思った」と語り、日本、イタリア、トルコの国会議員や欧米の人権団体なども参加した[19]。同日、日本人戦没者に栄誉を奉げるためとしてラビア・カーディル代表による靖国神社への訪問も行われた[20][21]。
中国政府の対応[編集]
中国政府は、世界ウイグル会議との対話を拒否している。日本がラビア・カーディル議長など、世界ウイグル会議の要人にビザを発給したことにも「内政干渉」と反発した[22]。
北京政権外務省の洪磊(こうらい)報道局長は5月14日の会見で、世界ウイグル会議の日本開催に対して同会議を「テロ組織と関連があり、中国分裂を狙っている組織」としたうえで、「中国の反対を顧みずに開催を許したことに強い不満を表明する」「ウイグル問題は中国の内政問題であり、いかなる外部からの干渉も認めない」と日本を批判した[23]。また、同会議メンバーが靖国神社を参拝したことに対して「中国の分裂分子と日本の右翼勢力が結託して、日中関係の政治的本質を破壊する」「彼らの拙劣な行動は、必ずやウイグル族の同胞を含めた国内外の中華子女から唾棄されるだろう」と述べた[24]。
5月15日に行われる予定だった経団連の米倉弘昌会長と中国の楊潔篪外相との会談は、前日の14日深夜に中国側の都合で急遽中止になった。日本経済新聞は、世界ウイグル会議開催への不満が背景にあると報じた[25]。
傘下組織[編集]
世界ウイグル会議に加盟する傘下組織は以下の通り[26]。
名称
(英語/ウイグル語) 所在地
東トルキスタン基金
(Eastern Turkistan Foundation/ Sherqi Turkistan Wakfi) イスタンブール(トルコ)
東トルキスタン文化協会
(Eastern Turkistan Culture and Solidarity Association/ Sherqi Turkistan Mediniyet-Hemkarliq Jemiyiti) カイセリ(トルコ)
東トルキスタン文化協会アンカラ支部
(Eastern Turkistan Culture and Solidarity Association – Ankara Section/ Sherqi Turkistan Mediniyet-Hemkarliq Jemiyiti – Ankara Shohbisi)  
エイサ・ユスプ・アルプテキン基金
(Isa Yusup Alptekin Foundation/ Isa Yusup Alptekin Vakfi)  
ヨーロッパ東トルキスタン連盟
(Eastern Turkistan Europa Union/ Yavrupa Sherqi Turkistanliqlar Birligi) ミュンヘン(ドイツ)
ヨーロッパ東トルキスタン連盟フランクフルト支部
(East Turkistan Union in Europe - Frankfurt Section/ Yavrupa Sherqi Turkistanliqlar Birligi - Frankfurt Shöhbisi)  
アメリカウイグル協会
(Uyghur American Association/ Uyghur Amerika Jemiyiti) ワシントンD.C.(アメリカ合衆国)
カナダウイグル協会
(Uyghur Canadian Association/ Uyghur Kanada Jemiyiti) ミシサガ(カナダ)
スウェーデンウイグル委員会
(Swedish Uygur Committi/ Swetsiye Uyghur Komititi)  
イギリスウイグル協会
(Uighur U.K. Association/ Engilye Uyghur Jemiyiti) ロンドン(イギリス)
オランダ東トルキスタン基金
(Netherlands Eastern Turkistan Foundation/ Gollandiye Sherqi Turkistan Vakfi) ティルブルフ(オランダ)
ノルウェーウイグル委員会
(Norway Uyghur Committe/ Norwigiye Uyghur Komititi)  
キルギス共和国ウイグル団結協会
(Ittipak Uigur Society of the Kyrgyz Republic/ Kirghizstan Uyghurlirining Jumhuryetlik Ittipaq Jemiyiti) ビシュケク(キルギス)
ビシケク人権委員会
(Bishkek Human Rights Committee/ Bishkek Insan Heqliri Komititi)  
ウイグル民族協力協会
(Society Union of Uyghur National Association/ Uyghur Milli Assosiyesi Jemiyetlik Birleshmisi) アルマトゥ(カザフスタン)
カザフスタンウイグル青年連盟
(Uyghur Youth Union in Kazakhsatan/ Kazakistan Uyghur Yashliri Birligi)  
オーストラリアウイグル協会
(Australian Uyghur Association/ Awustraliye Uyghur Jemiyiti)  
日本ウイグル協会
(Uyghur Association in Japan/ Yapunye Uyghur Jemiyiti)  
世界ウイグル会議駐カザフスタン代表部
(Kazakhstan Representative of World Uyghur Congress/ Dunya Uyghur Qurultiyi Kazakistan Wakaletchiligi)  
世界ウイグル会議駐キルギス代表部
(Kyrgyzstan Representative of World Uyghur Congress/ Dunya Uyghur Qurultiyi Kirghizstan Wakaletchiligi) ビシュケク(キルギス)
世界ウイグル会議駐トルコ代表部
(Turkey Representative of World Uyghur Congress/ Dunya Uyghur Qurultiyi Turkiye Wakaletchiligi) カイセリ(トルコ)
世界ウイグル会議駐オーストラリア代表部
(Australian Representative of World Uyghur Congress/ Dunya Uyghur Qurultiyi Awustiraliye Wakaletchiligi)  
脚注[編集]
^ Introducing the World Uyghur Congress
^ “ダライ・ラマ14世が語る現代中国「習近平は勇気がある」―ジャーナリスト相馬勝が単独インタビュー”. レコードチャイナ. (2014年4月12日) 2016年10月5日閲覧。
^ 水谷 2007 pp.70-88.
^ 水谷 2007 p.50.
^ UNPO East Turkestan
^ WOLRD UYGHUR CONGRESS EXPRESSES ITS SOLIDARITY WITH THE TIBETAN PEOPLE Press Releases About WUC (2008/03/18)
^ Grants Program -Asia The National Endowment for Democracy (2006)
^ WUC Appreciates NED Funding of Its Human Rights Work Press Releases About WUC (2006/07/06)
^ 「我国公布首批“东突”恐怖分子名单」(新疆政府门户网站)
^ 「公安部公布首批认定的"东突"恐怖组织及成员名单」(中华人民共和国驻爱沙尼亚共和国大使馆)
^ 「東トルキスタン運動の活動報告 各テロ組織の概要」(人民網日文版 2003年12月16日)
^ China blasts nomination of Rabiya Kadir as Nobel peace prize 中华人民共和国中央人民政府门户网站(英文版)
^ [1]世界ウイグル会議決議
^ [2]“日本ウイグル連盟”の設立に関する通知 (世界ウイグル会議)
^ 日本ウイグル協会2012年4月23日記事
^ a b c RFUJからのお知らせ ラジオフリーウイグルジャパンブログ2012年4月24日記事
^ 三原じゅん子ブログ2012年4月23日記事
^ “【Rabiye Qadir】世界ウイグル会議 第4回代表大会開会式&懇親会”. 日本文化チャンネル桜 (2012年5月17日). 2012年5月20日閲覧。
^ [3]産経新聞2012.5.14記事『「絶滅に追い込んでいる」と中国批判 東京で世界ウイグル会議大会』
^ “World Uyghur Congress In Tokyo Draws Condemnation From China” (英語). Uyghur American Association (2012年5月15日). 2012年5月20日閲覧。
^ “China morning round-up: Uighur talks in Tokyo opposed” (英語). BBC. (2012年5月15日)
^ “都内で大会、中国反発=アジアで初開催-世界ウイグル会議”. 時事通信社. (2012年5月14日)
^ [4]日本経済新聞2012.5.14記事「世界ウイグル会議の日本開催、中国が「強い不満」[リンク切れ]
^ [5]「世界ウイグル会議関係者の靖国参拝「唾棄すべき行為」=中国政府」サーチナニュース2012.5.15記事
^ [6]日本経済新聞2012.5.15記事「中国外相、経団連と会談中止 ウイグル会議影響か」[リンク切れ]
^ Introducing the World Uyghur Congress
参考文献[編集]
水谷尚子 『中国を追われたウイグル人―亡命者が語る政治弾圧』 文藝春秋〈文春新書〉、2007年。ISBN 978-4-16-660599-6。
関連項目[編集]
東トルキスタン独立運動
中国の人権問題
東トルキスタン亡命政府
外部リンク[編集]
世界ウイグル会議公式サイト(ウイグル語)(英語)(ドイツ語)(中国語)(日本語)
傘下組織[編集]
アメリカウイグル協会(英語)
カナダウイグル協会(英語)
スウェーデンウイグル委員会)](ウイグル語)(英語)(スウェーデン語)(ノルウェー語)(ロシア語)(中国語)(トルコ語)
ノルウェーウイグル委員会(ノルウェー語)
日本ウイグル協会(日本語)
執筆の途中です この項目は、政治に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 政治学/ウィキプロジェクト 政治)。
カテゴリ: ウイグル社会運動団体東トルキスタン独立運動ミュンヘン中華人民共和国によりテロリスト認定された組織  

2016年07月02日

那覇市議会議長金城徹への不信任決議を可決。しかし、自らの非を認めず、不信任決議を軽視しなおも議会運営を強行




昨年、一括交付金による『龍柱建設』を期間内に完成できず、
市長も行政も議会も誰も一切の責任を取らず、
那覇市財政から1億円追加で工事続行を、
無理矢理可決させた金城徹(翁長雄志の手下)市議会議長です。
とうとう、<オール沖縄>のお仲間からも不満が噴出。
翁長知事の<オール沖縄>は「こころを1つに」と唱えても、分裂崩壊です。
元々、利権屋の集まり、上手く行くはずが無いね。

●この一連の議会の経過が、
無所属の会の仲村圭介那覇市議会議員のブログにまとめてあるので、コピペします。
________________________________________
<那覇市議会議長への抗議決議が出されました。>2016年06月29日
http://nakamurakeisuke.ti-da.net/e8782460.html
06月29日那覇市議会


本日は那覇市議会6月定例会最終本会議でした。
先日可決された議長不信任に
対する議長の対応が決議を軽
視したものであったため、金城
議長の下での議会審議には応
じられないとして、18人の議員
が出席せず(私も出席しません
でした)10時の開会が延び、
11時27分になっても開会に
必要な定足数に足りないため
出席勧告を出して、14時再開
となりました。
<出席勧告>
出席勧告


この勧告に従って、一度は
議場に参集しましたが、
なはの翼【無所属G】から
緊急動議で抗議決議が
提出されました。
<緊急動議>
緊急動議


この決議は、金城議長が
不信任決議を可決された
にも関わらず、自らの非を
認めず、なおも強行して
議会運営を行おうとして
いるため金城議長の下で
は健全な議会運営が望め
ないとして、抗議するもの
でした。

決議の動議が出された
あとは、日程への追加が
19対15で可決され、なは
の翼【無所属G】の花城
議員から決議の提案理由
が述べられました。

その後、日本共産党湧川議員
から休憩の申し出があり、休憩。

再開後、日本共産党の湧川
議員から、抗議決議へ反対
の立場から討論がありました。

その中で、先日の不信任の
際に理由として挙げられてい
た議会だより編集委員会の件
(詳しくは先日の記事コチラ
について議長の責任を矮小化
するような討論がなされている
と感じましたので、編集委員会
副委員長として、議場において
も内容を明らかにするべきと考えました。

湧川議員の討論のあと、なは
の翼【無所属G】の坂井議員
から休憩の申し入れがあり、休憩。
私もその間に賛成討論を練る
ことにしました。

再開後、自民党の奥間議員
から賛成討論があり、その後
私も賛成討論を行いました。
(内容は先日の記事のような
内容で、編集委員会の件に
ついて集中的に述べ、不信任
を受けたその後の誠意がない
対応について抗議することに
賛同しました)
その後、なはの翼【無所属G】
屋良議員からも賛成討論があり、採決へ。
18対14で可決されました。
(前回の不信任の際と同じ理由
で無所属の会前泊議員が退席)

それでも議長が議事を進めよう
としたため、抗議決議に賛成した
18人が退席しました。

その後の議事では
那覇市文化財課の不適正な
処理に関する責任を取るとし
て、市長、副市長の給与を10%
1カ月減額するという議案に
ついても審議されました。

この議案は委員会で賛成少数
で否決すべきと判断されましたが、
多くの議員が退席したなか、賛成
多数で可決されました。
この件は、まだ職員の調査が終
わっておらず、事件の損害額も
確定していない状況で、監督責任
だけを切り離して早々に結論を
出そうということになることから
私も反対の討論を行う通告まで
出しておりましたが、前述の通り
退席したため15対1(前泊議員が
反対討論を行いました)で可決
されてしまいました。

また、陳情の採決では、首里の
砂販売所の周辺への環境被害
について市が積極的な指導をす
るべきであるという趣旨の陳情
が出されており、委員会で賛成
多数で採択すべきものとしてお
りました。これも賛否が逆転した
ら大変なことでしたが、新風会以外
の会派が賛成したため12対4で採択されました。

議長は議会閉会後に記者会見
に応じていたそうですので、明日
の報道で今後について何か語ら
れるかもしれません。
どうか、市民生活にこれ以上影響
がでることがないよう、賢明な判断
をされることを望みます。
_________________________________

那覇市議会報告会が8月3日と4日


那覇市議会報告会が8月3日と4日に開催されます。
市民の民意を無視する那覇市議会の望郷と独裁、混乱を追求し抗議しましょう!
http://www.gikai.city.naha.okinawa.jp

  

Posted by 龍柱阻止 at 09:32Comments(0)那覇市行政・市長

2016年01月26日

沖縄の右翼さんが、龍柱2本に「おなが ばいこくどー」とスプレー!市役所は慌ててビニールシートで隠すw



おなが ばいこくどー
とスプレーで書かれた事を、
ビニールシートで隠していたのね!!

おなが ばいこくどのイメージ作図



沖縄タイムス2016年1月25日 16:30
「24日にあった那覇市若狭緑地の龍柱竣工お披露目式を前に、
龍柱二体の下部に黒色ペンキで「おなが ばいこくどー」などと落書きされているのが見つかった。
那覇署が同日、県内の男性を器物破損の容疑で逮捕した。
 那覇署によると、男性は23日深夜から24日未明にかけて落書きし、汚損させた疑い。
一般人からの通報で発覚。現場周辺の防犯カメラに同容疑者が映っていた。」

「龍柱の根元に黒い塗料がついているのが見つかる」とNHKは報道
龍柱の根元に黒い塗料がついているのが見つかるNHK




NHK沖縄放送局01月24日19時27分
「24日午前0時頃、龍柱の根元の部分に黒い塗料がついているのが見つかり、
警察は、南城市の38歳の男を、器物損壊の疑いで夕方、逮捕しました。
警察によりますと、「ペンキやスプレーで色を塗った。大義のためにやった」などと容疑を認めているということです。」

逮捕器物損害の疑い 南城市 38歳の男 とNHKは報道
逮捕器物損害の疑い 南城市 38歳の男




そして、
この「38歳の男」とは、大日本忠仁社 本部長 安次富 靖 氏だそうです。

大日本忠仁社 同志友会のブログ↓の2016年01月25日に、

<龍柱と翁長雄志知事売国奴に抗議>

宜野湾市長選挙に隠れて、裏では龍柱のお披露目会、中国との友好式典が密かに開催された。

翁長雄志知事の計画する龍柱に抗議で、
黒ペンキを龍柱にぶっかけ、ペンキで「翁長知事 売国奴」書いたとして、

大日本忠仁社 本部長 安次富 靖が器物損壊で沖縄県警に逮捕された。





24日、11時ごろ、口の開いた方の龍柱に近づくと街宣右翼の『忠仁社』と書かれた車が二台、
両龍柱側の道路に駐車して、鶴田浩二の歌を流していました。

私たちが「隠蔽・龍柱お披露目式への抗議街宣」の準備をしていると、
「そこでやっちゃいけないだろう」と街宣車の窓越しに中年の男性に言われまして、困りました。
どうもサヨクだと勘違いしたようで、後で若い方が「勘違いしました」と誤りに来て下さいました。

私たちは『大日本忠仁社』の本部長さんが、
おなが ばいこくどー」とスプレーしたなど知りませんでしたからね。
翁長売国奴を隠すビニールシート



現場で見た所、スプレーの感じは無く、
この青いビニールシートで隠された部分がどうなっているのか?と疑問を持っていましたが、
ナゾが解けました!


でも、なぜ、沖縄にある右翼街宣をする大日本忠仁社 本部長 安次富 靖 と報道しないんだろう?

「ヘイワヘイワ」「戦争反対」「基地反対」と唱えながら暴力で言論弾圧する極左暴力団を『市民』と総称していますが、

沖縄では、何かに抗議するのは、いわゆる沖縄マスコミ的な『市民』しかいない、という報道管制が引かれているのでしょうかね?



ネット上、NHK沖縄放送局のニュースのスクリーンショット
NHK沖縄のニュース・那覇市の「龍柱」完成で式典



那覇バース内の式典の窓から龍柱
那覇バース内の式典の窓から龍柱




若狭小学校の子供たちにエイサーを踊らさせ「子供の政治利用」
"那覇バース内の式典の様子エイサー姿の子供たちと龍柱のレプリカ設置、獅子舞
那覇バース内の式典の様子エイサー姿の子供たちと龍柱のレプリカ設置、獅子舞



龍柱お披露目式典で「琉球王朝」と発言後、直ぐに「琉球王国」と言い直した城間市長。
『王国』という表現が大事なのね。
『琉球独立』を狙うための『龍柱』だと、プンプン匂うね。
龍柱お披露目式典の城間市長



那覇市の市長秘書室による城間市長の公務日程に『龍柱お披露目会』とある。
那覇市の公務で城間那覇市長がスピーチしているにも関わらず、
泉崎に住む那覇市民が出向き出席を希望した所入場拒否。
那覇市の市長秘書室による城間市長日程に龍柱お披露目会



那覇市役所職員が那覇市の腕章を付けて、20人ほど外で参加者の誘導していました。
那覇市の式典だと明白。
なぜ那覇市民が入れてもらえないのですか?と質問を投げかけましたが沈黙でした。
お披露目会誘導する那覇市職員


お披露目会誘導の那覇市職員の腕章




若狭の1丁目と2丁目の自治会の主催にし、
那覇市役所が窓口で寄付金を集めているのに、
寄付を出していない事を理由に那覇市民をボイコット
金城テルさんは『龍柱お披露目式』にお着物姿で出席しようと向かったが拒否。


式の後、寒風の中で抗議街宣する89才の金城さん

式の後、寒風の中で抗議街宣する金城さん




龍柱の顔
NHK沖縄のニュース「龍柱」完成で式典



「龍柱の根元に黒い塗料がついているのが見つかる」とNHKは報道
龍柱の根元に黒い塗料がついているのが見つかるNHK



逮捕器物損害の疑い 南城市 38歳の男
逮捕器物損害の疑い 南城市 38歳の男




ネット上のNHK沖縄放送局の報道文↓
<那覇市の「龍柱」完成で式典>

およそ3億3000万円の税金を使って那覇市が建設を進め、批判の声も上がっている巨大な龍の柱、「龍柱」が完成し、完成を祝う式典が開かれました。
那覇市は、中国・福州市との友好を記念し、4年前から那覇港近くの海浜公園に高さ15メートルの龍柱2本の建設を進めてきました。
この龍柱が先月下旬に完成したことを受け、クルーズ船が着く那覇市のターミナルで24日、式典が開かれ、市の関係者や地元の住民などおよそ300人が参加しました。
式典で那覇市の城間幹子市長は、「龍柱は、交易で栄えたかつての琉球王国文化をほうふつとさせます。沖縄県の新たなシンボルとして観光振興などに活用します」と述べました。
このあと、くす球が割られ、獅子舞の演舞が行われるなど龍柱の完成を祝いました。
龍柱の建設には、地域振興を目的とした国の一括交付金およそ1億円も使われる一方で、那覇市の見通しの甘さなどから、総事業費はおよそ3億3000万円にまで膨らみました。
市民からは「もっと有効な使い道があったのではないか」など、那覇市の税金の使い方を疑問視する声も上がっています。
一方、24日午前0時頃、龍柱の根元の部分に黒い塗料がついているのが見つかり、警察は、南城市の38歳の男を、器物損壊の疑いで夕方、逮捕しました。
警察によりますと、「ペンキやスプレーで色を塗った。大義のためにやった」などと容疑を認めているということです。
01月24日 19時27分
  

2016年01月07日

昭和天皇が皇太子の時にお渡りになった由緒ある『御成橋』に龍柱?!


27年前の本日、昭和64年 1月7日 午前6時33分
昭和天皇が崩御されました。宝算87才

昭和天皇は、日本の第124代天皇。 諱は裕仁。幼少時の称号は迪宮、お印は若竹。

崩御の2年前、62年に念願の沖縄訪問を御予定されたが、開腹手術で御断念

思わざる 病となりぬ 沖縄を たずねて 果さむ つとめありしを 

昭和天皇のこの御製(天皇陛下が詠まれる和歌のことを御製といいます)の碑が那覇市若狭1丁目の『波上宮』に設置されています。
昭和天皇の和歌「思わざる 病となりぬ 沖縄を」



 米国施政下のため、全国巡幸は47都道府県で唯一沖縄に訪問できず、
 その後もついに訪れることができなかった沖縄への強い思いもうかがえる。
【動画】昭和天皇の広島巡幸_1947.S22.12.7_背景に原爆ドーム

右手に原爆ドーム、左に広島護国神社の大鳥居が原爆後もすくっと立っている事が見えます。
広島原爆ドームと鳥居と昭和天皇



 「訪米前に自分が沖縄に行くことができないかとお尋ねになった旨が伝えられる」。
昭和天皇御訪米



 昭和50年4月16日、上京した西銘淳治沖縄県知事は、天皇陛下に62年の沖縄国体へのご臨席をお願いすると、天皇陛下は沖縄戦で祖国の御楯となった英霊と遺族を労りたいとのお気持ちから、沖縄行幸への強い意思を表明された。

 西銘知事を引見された時、天皇陛下は「沖縄といえばすぐ漢那を思い出す。漢那のお陰で大正10年に沖縄に行くことが出来た」と発言されている。
漢那が皇太子を先導した光景は、沖縄の人々に日本国民としての自覚を与えただけでなく、若き皇太子の御心にも沖縄への強い愛情を植え付けたのである。

 いわゆる、22年に、昭和天皇陛下が、GHQ側に沖縄の長期占領を望んでいることが伝えられたと記載されている「シーボルト文書」についても『天皇実録』で触れているが、
 天皇が沖縄への訪問希望を何度も述べた事実の記述もある。

 皇太子(今上天皇)に沖縄訪問の名代を託し、「健康が回復したら、できるだけ早い機会に訪問したい」と決意を記したお言葉全文も、実録に掲載された。


さて、昭和天皇、最期の御枕元にあったといわれる一冊の本がある。
著者は沖縄県出身の恵隆之介 氏です。
『天皇の艦長ー沖縄出身提督漢那憲和の生涯』

天皇の艦長の本


大正十年、皇太子であられた昭和天皇が、皇室史上初めて欧州をお訪ねになった。御召艦「香取」艦長としてその大役を果たしたのは、沖縄出身提督、漢那憲和。
昭和天皇と漢那憲和、香取船上にて



大正10(1921)年
3月6日午前9時10分、『香取』『鹿島』が沖縄島東南部の中城湾(なかぐすわん)に進入し、5海里沖合に投錨した。両艦艦首の菊の御紋が朝日にさんぜんと照り輝いていた。

 沖縄史上初の御召艦の入港、しかも艦長が地元出身とあって、県民はこの歴史的出来事を一目見ようと黒山の人だかりだった。各所で「万歳」の合唱が起こった。皇太子殿下は、小艇で上陸された。当時の様子は、次のように記録されている。

__________
 沿道の民衆は道路が狭いので御顔を咫尺(しせき、至近)に拝することができた。中には手を合わせて拝むものもあった。厳めしい警戒も目立った歓迎の装飾もなかったけれど恭謙な国民は嘉悦の色を輝かして厳粛にお迎え申し上げた。[1,p114]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 そこから殿下は漢那の先導で、列車にて那覇に向かわれた。那覇駅には、県会・町村会議員、在郷軍人、中学校生徒らが出迎えた。その中には母オトもいた。皆、お若い殿下と漢那大佐の勇姿に感涙していた。

 そこから人力車で、県庁に向かった。数万の県民が沿道で出迎え、殿下のご一行はその中を縫うように走った、と伝えられている。ほとんどの県民は感涙していた。

 日清戦争の頃まで日本派と清国派が乱闘までした沖縄でも、地元出身の御召艦艦長・漢那憲和大佐が皇太子を先導するという光景を目の当たりにして、自分たちも等しく皇室を戴き、近代日本を支える日本国民である、という自覚と誇りを抱いた事だろう。

このご来沖時に、建設されたばかりの橋を通られました。その橋を皇太子殿下の御成りになった橋として『御成橋』と名付けられ、皇太子の御行幸の沖縄県民の想い出を残す大切な名所となっております。

現在の『御成橋』の写真
御成橋


県庁前駅と御成橋
県庁前駅と御成橋


御成橋欄干
御成橋欄干


大戦後、米国占領下において、『御成橋』を通るアイゼンハワー、すごい警備
御成橋アイゼンハワー来沖警備


ゆいレールの駅名は久茂地側に沿った橋名を順当に『美栄橋』→『御成橋』→『旭橋』と名付けるべきでですが、
距離が離れた『県庁前』と駅名に決めています。
実際に駅名募集の際に『御成橋駅』を応募された方がいらっしゃいます。



昭和天皇終戦時の御製
「爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも」
ヒロシマとナガサキの市民への無差別な原爆投下は国際法違反であり、被ばくの後遺症を残す人類史上初の原子爆弾投下です。
国民と国の弥栄を祈り続けている天皇陛下にとって、身を切られるよりも苦しく悲しい事だったと思います。

昭和天皇陛下が、全国巡幸で成し遂げられなかった沖縄への思いを、
この那覇市久茂地の『御成橋』という名で偲び続けるのが、
全国でも皇室崇敬の念の高い沖縄県民願いだと思います。
【動画】昭和天皇と平和への願い



やはり、那覇市に『明治橋』という歴史ある橋があります。
初代明治橋は近代国家の始まり『明治時代』に建てられた記念の命名です。
しかし、県民が気づかない内に、勝手に龍柱が乗せられた橋になっています。

昔の明治橋
昔の明治橋


現在の明治橋
明治橋の龍柱




小さい新聞社にこの『御成橋』への妨害工作を心配した投稿がされています。

大山信吾氏の投稿・御成橋龍柱問題


サムネイル大山信吾記事

昭和天皇が皇太子の時にお渡りになった由緒ある『御成橋』に絶対に龍柱を建てさせない!
日本国民としての誇りと勇気で粉砕しましょう!
  

2015年10月02日

久米崇聖会の「釋奠祭禮」に金城テルさんが潜入リポート[桜H27/10/1]


孔子様のお導きですね。
金城テルさん、偶然に久米の自治会長さんと出会い、特別に入場

【沖縄の声】
久米崇聖会の「釋奠祭禮」に潜入リポート[桜H27/10/1] https://youtu.be/1P9duDCmsCQ  

2015年06月25日

障がい者に冷たい那覇市長/那覇市立の特別支援学校が無い



城間市長は、教育者としても失格です。

平成18年に国連で 採択された「障害者の権利に関する条約」において初めて提唱された、 新しい概念のインクルーシブ教育システムを、安倍首相の率いいる日本政府の文部科学省では構築し、解消法の施行が予定しています。

平成28年4月からは『障害者差別解消法』の施行が予定。

しかし、城間市長は、副市長になる前には、

2010年4月 〜 2014年3月 那覇市教育長をしていました。


この間に、障がいの子供のいる父母から、那覇市教育委員会に『特別支援学校』の開設の嘆願をしていました。
しかし、城間幹子氏が那覇市長になった未だに、『特別支援学校』の開設の動きはありません!


近日中に、障がいの子供のいる父母、在住地域に『特別支援学校』を開設の署名活動を始めるそうです。

那覇市在住の特別支援学校の児童生徒は約400名を超え、特別支援学校の2校分を、他市町村に押し付けている形です。


14年間那覇市政にリーダーシップをふるった翁長元市長の知事出馬のキャッチフレーズ『誇りある豊かさ』に、障がいの生徒児童は入っていないのでしょうか?

◉城間 幹子 (1951年1月20日 )
那覇市長(第32代)になる前の経歴


前任の翁長雄志那覇市長とは、真和志中学校及び那覇高校の同期生

1981年4月 - 那覇市立石田中学校教諭
1986年4月 - 琉球大学教育学部附属中学校教諭
1997年4月 - 沖縄県教育庁那覇教育事務所教育主事(教頭)
2000年4月 - 那覇市立石嶺中学校教頭
2002年4月 - 那覇市立鏡原中学校校長
2005年4月 - 香港日本人学校中学部校長
2009年4月 - 那覇市教育委員会学校教育部長
2010年4月 - 那覇市教育長
2014年4月 - 那覇市副市長
11月16日 - 那覇市長選挙に無所属で出馬し、初当選

沖縄県の各市町村の特別支援学校

◆那覇市
①沖縄県立那覇特別支援学校


■浦添市
①沖縄県立大平特別支援学校
②沖縄県立鏡が丘特別支援学校
②沖縄県立鏡が丘特別支援学校浦添分校・高等部分教室

■西原町
①沖縄県立森川特別支援学校

■八重瀬町
①沖縄県立島尻特別支援学校

■南風原町
①沖縄県立沖縄盲学校

■糸満市
①沖縄県立西崎特別支援学校

■北中城村
①沖縄県立沖縄ろう学校

■沖縄市
①沖縄県立美咲特別支援学校
②沖縄県立泡瀬特別支援学校

■うるま市
①沖縄県立沖縄高等特別支援学校

■名護市
①沖縄県立名護特別支援学校
②沖縄県立桜野特別支援学校

■宮古島市
①沖縄県立宮古特別支援学校

■石垣市
①沖縄県立八重山特別支援学校


◎廃校になった特別支援学校
沖縄県立那覇養護学校澄井分校
沖縄県立那覇養護学校泡瀬分校
沖縄県立宮古養護学校稲沖分校



龍柱建設一括交付金断念、那覇市予算から1億円追加のための4月臨時那覇市議会徴集した城間幹子市長は初日の4/27に出資、しかし、一言も市議からの質問に答えず、全ての議会と委員会を欠席。
5/8那覇市議会本会議市長欠席



選挙街宣車の上で城間・志位・あかみね・翁長・金城

城間幹子氏は日教組、沖教組、真っ赤な共産党です。赤嶺と城間
赤嶺と城間こぶし共産党支配の「オール沖縄」
城間市長訪米に同行の意向の記者会見



  

Posted by 龍柱阻止 at 09:24Comments(1)那覇市行政・市長